かつての自動車摩擦

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私立の小学校だったこともあって、子供 英語教育を受けた経験があるのですが、英語の実力は「並」でした。それでも、英語に興味があったので、学生時代にアメリカ西海岸を放浪してきました。


30年前の当時は日米の自動車摩擦うんぬんがいわれていたころでした。アメリカの自動車会社の政治的圧力で日本の車への課税額が大きかったのです。


そのときにあちらでは何日間かフォードの大衆車、こちらでいえば、カローラかサニークラスの「ピント」という車に乗ったのですが、そのときすでに確かに日本車が売れるはずだと学生なりに納得しました。何しろアメ車はあまりにもおおざっぱなのです。運転はしにくい上にリクライニングシートはない、窓は片側ははめ殺しというような車でした。

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このページは、birdが2009年11月 1日 00:25に書いたブログ記事です。

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